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父のこと

エッセイ風

母が亡くなって、もうすぐ丸二年が経つ。

ものすごく勝手な妄想だが、親は母のほうが長生きし、老いた母と二人、たまには買い物に行ったり食事をしたりという未来を、何とはなしに想像していた。
父には申し訳ないけれど、それが理想と思っていたかもしれない。
しかし現実には母のほうが先立ち、父が残された。

父のことは嫌いではない。
ただ私は、どーも父が苦手だ。

父は母とともに懸命に働き、三人の子を大学にまで行かせた立派な親である。
ド貧乏な子供時代、ヒラから専務にまで昇りつめた現役時代、好奇心旺盛で博学、独り身になった今もちゃんと家事や自炊をこなし、庭では野菜を育て、月命日にはお経をあげ(暗唱)、投資もし、終活もしと、わが親ながら素晴らしくしっかりしている。

そんな父は親心ゆえか話が長い。
というか、説教が長い。
父にしてみれば説教ではなく説諭かもしれないが、まあとにかく話し出すと止まらない。

そしてその内容は正しい。
正しすぎるほど正しく、ふがいない娘はぐうの音も出ない。
すでに生まれてから半世紀近く経つので生きるための図々しさもだいぶ身に着けてきたが、それでも長々と、あるいは言葉の端々に正論説教を交えられると、もう…それはそれは堪えるのだ。

反論の余地もない説教を食らっていると、どうしても「生きててすみません」という気分になってくる。
図々しいおばはんになった今でも、その下降気流から抜け出すにはそこそこの時間と気力を要する。
少しずつ沈殿するような疲労感は、体の疲れが回復するようにはいかない。

これまで…母ががんと診断されてから亡くなるまでは、私は盆と正月以外には滅多に帰省しなかった。
いろいろ親不孝を重ねている身には、実家は近寄りがたいところだからだ。
そうは思っていても、盆暮れぐらい帰らなければますます心の障壁が高くなるし、さらに不孝を重ねることになる。
そういう覚悟と気合を入れての帰省であり、そもそも自分のふがいなさは重々承知の上なのに説教を食らうと、本当にもう激しく消耗する。だから苦手なのだ。

世の中には、毒親と呼ばれるような、子に見捨てられても仕方がないような親もいる一方、誰から見ても立派な親が、子からは煙たがられるという理不尽さ。

子のいない私には永遠に親の気持ちはわからない。

子である私にできるのは、ただただ「有り難きもの」としてすべてを受け止めるのみかもしれないな…と思っている。

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こんにちは、みみなをです。

しっかりしすぎな父とダメ娘の話wですが、いろいろ思うことがあるのでこれからもちょこちょこ書くかもしれません。

ではまた(^-^)/

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